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2009年6月12日 (金)

日光~会津 会津西街道 

R0016482

下野街道は、
会津藩が隣国へ通じる際の本道五筋(下野街道・米街道・越後街道・
二本松街道・白河街道)として、幕府に報告した中の一筋で、
会津若松城下から日光神領今市宿までの総延長32里(約132km) 
道幅二間(約3.8m)の街道です。

この街道は、会津から江戸への最短の道として、
会津藩をはじめ近隣諸国藩主が参勤交代に利用し、
あるいは会津藩の年間数万俵にも及ぶ廻米の輸送路として、
政治的・経済的に重要な街道でした。

明治17年(1884)大川沿いに現在の国道あ開通します。
山間を通る下野街道は、一部県道や林道となって利用されますが、
峠を越える山道や地形上急峻な場所はそのまま残され、
道型がかろうじてわかるまでに荒廃した道となっていました。

平成7年度から実施された「歴史の道整備活用推進事業」の調査により、
街道の所々には石畳や一里塚、あるいは峠の茶屋の遺構などが確認され、

このたび、これらの整備を図ることができました。
遠い時代に繋がるこの道を、往時の人々はどんな思いで歩いたのでしょうか。
江戸時代の鼓動を確かめる上でも、
ゆっくりとこの歴史の道に足を踏み入れてはいかがでしょう。

(平成11年3月  文化庁 下郷町  看板より転記)

下野街道という呼び名は、
会津を中心にその街道の行先の地名をつけた呼び方である。

会津藩では、関山街道・南通り・南山通り・下野路などと呼ばれていた。
近年では、分かりやすい点から会津に通じる西側の通りで
会津西街道がよく使われている。

若松大町を起点に、福永(本郷)~関山~大内~倉谷~楢原~
田島~糸沢~横川~三依~五十里~高原~藤原~大原~
高徳~大桑~今市に至る32里の道のりである。

R0016419

日光東照宮への参拝の北の入口としても重要な街道であり、
会津と日光は、昔から交流が盛んであった。

今日の一言!
今度、歩いてみようと思います。w

 

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コメント

本当かね?

投稿: 徳次郎 | 2009年6月12日 (金) 22時44分

徳次郎さま
ホントよ~!w

投稿: ふぃふぁ山荘 | 2009年6月13日 (土) 14時39分

先日、エントリーなさった三依水生植物園の橋を国道側に渡らず、男鹿川の左岸を会津方面に進むと、旧街道です(わずかな距離ですが)。石仏が並んでますよ。

投稿: 日光を漂ふ | 2009年6月13日 (土) 15時30分

日光を漂ふさま
七滝という小さな滝の傍でしょうかね、
今度行ってみます。

投稿: ふぃふぁ山荘 | 2009年6月13日 (土) 20時58分

趣のある廃道ですね、散策してみたいです(^o^)

投稿: カノッチ | 2009年6月14日 (日) 11時04分

カノッチさま
会津の大内宿もいいところですよ~!

投稿: ふぃふぁ山荘 | 2009年6月14日 (日) 12時13分

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