五十里湖掘割 高木六左衛門の墓
五十里湖畔の海尻橋を渡り、
「湖畔亭ほそい」へ行く途中の掘割地区の公園に、
高木六左衛門という方のお墓がある。
天和3年(1683年)の日光大地震によって、
葛老山の一部が崩壊し男鹿川をせき止めて、
周囲30kmの五十里湖が出現してしまい、
会津西街道の交通は遮断されてしまいました。
会津地方からの年貢米の輸送等の大きな障害となってしまう。
そこで、会津藩は、藩士の高木六左衛門に掘割の工事を命じ、
4,000人もの人足を徴用して水抜き工事を図った。
この掘割地区を深く掘り下げて湖水を下流へ流す計画だったが、
工事は厚い岩盤にはばまれ難航し完成が出来なかった。
そのために高木六左衛門は、責任を取り切腹、自害したと伝えられています。
そして、、、
↓
その40年後の享保8年(1723年)8月、五十里湖は決壊し、下流に甚大な被害を及ぼしました。これが歴史に有名な五十里洪水です。
今は、五十里ダムによる人口湖ですが、当時は葛老山の崩壊による自然のせき止湖で、いつ決壊してしまうか分からない状態だったのでしょう。
五十里湖の水を抜くことが出来なかった高木六左衛門は、
どんなに悔しかったことでしょう。
責任を感じて切腹をしてしまうのは、
昔の習わしで悲しい出来事だったかもしれませんが、
これだけ責任感の強い役人が沢山いたのも事実!
折しも、台風18号の豪雨により、
甚大な被害を受けてしまった五十里湖周辺。
9月21日撮影↓
海尻橋から望む五十里湖には、
今回の豪雨で、土砂や流木が流れ込んでしまい、
周辺の三依地区などは、甚大な被害を受けている。
今の状況を、高木六左衛門はお墓の中で、
どう思っているのでしょうか、、、
あまり知られていない公園ですが、
綺麗なトイレも完備しています。
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コメント
感動・・・そして感激です。
高木六左衛門に・・・。
そして、そんなことまで調べ上げた「ふぃふぁ山荘」に。
その災害で現在の茨木地区にも甚大な被害が出たようです。私の爺さんから聞いたことがあります。
投稿: 徳次郎 | 2015年9月26日 (土) 20時50分
徳次郎さま
ありがとうございます~
投稿: ふぃふぁ | 2015年9月27日 (日) 15時14分