足尾 龍蔵寺 無縁石塔
大宝元年(701年)創設 勝道上人の縁で、
日光山輪王寺を本寺とする天台宗のお寺。
明治20年の大火で焼失したが、同28年に再建。
境内には、明治政府打倒を企てた龍蔵寺住職の大忍坊と、
日光山の僧侶桜正坊のお墓がある。
入口付近には、足尾銅山の精錬所からの煙害にり、
廃村となった旧松木村の無縁仏を合祀した無縁石塔がある。
旧松木村の無縁石塔
この地に足尾精錬所が建てられたのは、明治17年(1884)である。精錬所で鉱石を溶かす時に出る煙の中には、有害な亜硫酸ガスが含まれ、付近の草木を枯らす、いわゆる煙害が出始めた。
松木村の記録によれば、明治21年には桑の木が全滅し、22年には養蚕を廃止した。20町歩(約20ヘクタール)の農作物(大麦、小麦、大豆、小豆、ヒエ、キビ、大根、人参)は、33年までに次々と無収穫となった。明治25年まで40戸、人口270名だったものが、33年に戸数30戸、人口174名に減り、34年には1戸を残して全員松木を去り、廃村となった。この煙害問題はその後も50年間解決されなかった。しかし、昭和31年(1956)自溶精錬法が採用され、硫酸工場が建設され、煙からの濃硫酸を採るようになって、やっとその根源を断つことに成功し、問題は砂防、造林事業に移った。たまたま昭和31年、足尾ダム(三川合流ダム)が完成し、日本一の砂防ダムとなった。その折、松木川に添った旧松木村の無縁仏をこの龍蔵寺境内に合祀した。なお、久蔵川に添った旧久蔵村の無縁石塔、仁田元川に添った仁田元村の無縁墓(昭和56年12月建設)もこの境内にある。昭和57年3月 龍蔵寺
今日の一言!
足尾は、史跡が沢山あるな~
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